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飛騨高山は昔ながらの美しい街並みが今なお残り
古都の雰囲気を味あわせてくれる人気の観光地でもありますが
飛騨は木工が盛んな地方としても古い歴史があり
奈良時代に編纂された万葉集にも飛騨の匠についての歌が残されています。
かにかくに 物は思わず 飛騨びとの 打つ墨縄の ただ一道に
(万葉集巻十一・ 作者未詳)
歌の意味は、飛騨の匠が 墨壷
で引いた墨線のように
まっすぐにあなたを愛していきたい、といった恋歌だったと思います。
(違ってたらごめんなさい・・・) |

墨壷 |
日光東照宮の眠り猫の彫刻で有名な名工、左甚五郎は
飛騨の甚五郎がなまったものとの説もあるくらい、飛騨は多くの名工を世に送り出し
かっての都であった平城京や東大寺の造営などに「飛騨の匠」が活躍しました。
■飛騨の家具の歴史
・都で腕を磨いた「匠」たちが故郷に戻り、美しい建築物や
塗り物(春慶塗)、一位一刀彫などの伝統工芸を発展させてきました。
・飛騨の家具作りが産業として本格的に始められたのは
大正9年、中央木工(現 飛騨産業)が設立されてからで
この地方に豊富に残されていたブナを原材料とした
曲げ木のイスから飛騨の家具はスタートしています。 |

春慶塗 |
この当時、国内にはすでに曲げ木家具を製造するメーカーがあり
後発の飛騨家具が市場に入り込んでいくには並々ならぬ苦労があったようです。
加えて、この地方に鉄道が開通したのは昭和に入ってからで
製造した家具を輸送するにも不利な状況にありました。
飛騨が家具産地として有利な条件は豊富な木材資源と
匠の精神を受け継ぐ高い技術を持った人的資源の2つしかなかったのです。
・曲げ木家具は1837年 ドイツのミハエル・トーネットが発祥とされ
飛騨では当初から難度が高いとされていたトーネットスタイルを取り入れてきました。
当初に作られた飛騨の曲げ木イスには
今日的に見ても高い技術が用いられていて
こうした高い技術力がしだいに世間に認められるようになり
昭和に入ってから家具産地として急成長していきました。
その後も高い技術力を維持しつつ各メーカーが
デザインに工夫をこらし、飛騨の家具を世界的なブランドへと育て上げていきました。
■飛騨の家具の魅力
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・曲げ木のイスが飛騨の家具の原点ですから
現在でもイスやテーブルなどの、いわゆる「脚物」家具が
飛騨の家具の代表とされています。 |
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確かに飛騨の家具は脚物に良い物が多いのは事実ですが
左の写真にあるような「箱物」家具も素晴らしいと思います。
飛騨の家具に関してはデザインだけでなく
細部にいたるまでなめるように見ていただきたいのですが
非常に丁寧な仕事があちこちになされています。
「この部分の加工にはもっと簡単なやり方があるのに」
と思うような所でも、強度や使い勝手を考え抜いて
最良の技術が用いられています。 |
・「木の良さを最大限に活かし、飽きのこないシンプルなデザインで
使う人の身になって丁寧に作られた家具」
などと言うと、いかにも無難な家具のキャッチコピーのようですが
この言葉にあてはまるような家具にはめったに出会えません。
飛騨の家具を見るにつけ、上の言葉を実際の物にしていくのは
相当の熟練がいるのだなと思わずにはいられません。
・良質の材料を最良の技術で家具に作り上げる
そんなことをサラッと当たり前のようにやっている所がたまらなく魅力的です。
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